初詣 神社で賽銭を投げる?

  
    

「 意外に知らぬ正月作法 」を書いた國學院教授の無知

神社とは何か?
神社はエネルギー遊園地だ!






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初詣はみなさん行かれましたでしょうか?
神社での参拝の仕方は「 二礼二拍手一拝 」と神社の解説にも書かれていますが、これは真っ赤ぁサーな嘘です。

   初詣 二礼二拍手一拝のウソ
   http://nueq.exblog.jp/19766477
   神社参拝の正式作法
   GHQの押し付けによって始まった二礼二拍手一拝

に詳しく書いてますので参照してください。


さて、表題のお賽銭。
みなさんは、お賽銭をどのように賽銭箱に入れてますか?

大神社の初詣の場合は、人垣が凄いので、人垣の頭上を越して投げ入れたり、賽銭箱の手前に柵が設けられてて投げるしか手がないこともあります。
大神社・・・明治神宮・浅草寺・大宮氷川神社・鹿島神宮・熱田神宮・伊勢神宮・春日神社・祇園八坂神社・石清水八幡宮・京都伏見神社・住吉大社・宇佐八幡宮、、、、一体正月三ヶ日でどのくらいのお賽銭が投げ込まれているのでしょうか?
小さな神社も含めてお正月は神社の年に一度の獲き入れ時。

1月2日のCSIS:日経新聞に、

   日本人はなぜ賽銭を投げる 意外に知らぬ正月作法

に、民俗学の新谷尚紀・国学院大学教授の話しとして、「 ケガレたものを投げ捨てることで、投げた本人は祓え清められる。 きれいな心身で神の前に立つことができる。」などとヌカしてるが、國學院教授ともあろうものが何たるブザマな解説を!

金を払わなければ穢れが祓えないと?
これでは日本神道も「 拝金教 」である。 と云ってるのと同じではないかッ!
アホも休み休みにしろッ!
國學院も堕ちたもんだ。。。。
さすがは戦前、日本を太平洋の戦争に引きずり込んだ「 太平洋問題協議会 」の後裔:ジャパン・ハンドラーズの巣窟:CSIS稀代の売国奴:小泉純一郎の息子:進次郎がここのフェロー )の日本人洗脳ディビジョンたる新聞社にコメントを寄せるだけのことはある。

賽銭は、神社経営維持の為の寄付金であって、「 穢れ / 祓い 」とは全くもって関係ない!
正式なお賽銭の入れ方は、

   コインを賽銭箱の手前の縁に当てて、賽銭箱のスロープを滑り落とす。

これが本来の神社作法です。

しかし、、、、、


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これ、賽銭箱じゃないよね?
賽銭プール?
これじゃ、投げるしかないか。。。。。。

これはしかし、参拝客の問題ではなく、神社側の問題だ。
なんと無粋な。。。。。



僕は新年は近所の小さな神社:産土( うぶすな )にお参りすることをもっぱらとしている。
大体、人が多いのが嫌いだし、列に並ぶのが大嫌いだ。
人気のラーメン屋でもほとんど並んだことがない。
ラーメンごときにわざわざ並んでまで食べるほどの価値のある店は極めて稀だ。
多くの人は味がわかってるのではなく、情報を食べてるだけだ。
味の素( アミノ酸と最近は称している )で麻痺した舌とオツムを磨くことをお薦めする。
なので、大神社の初詣には行ったことがない。

産土はその土地の土地神様。
氏神( うじがみ )は産土とは別物。
氏神と云うのはその氏族の祖先、たいていは開祖だ。
従って土地とはある意味、関係がない。
八幡・住吉・鹿島・春日などはこの代表格だろう。
神社はその土地のたいていは龍脈の交差点 = イヤシロチ に造られている。
氣・波動・地電位の良いポイントで、元々は鎮守の森に抱かれていたが、宅地化・都市化の波に丸裸にされてしまった神社が多い。

神社には、参道の周りや本殿の周囲にたくさんの摂社や祠がある。
大きな摂社、小さな摂社、、、、中には小さな立石一つだけの祠もあったりする。
そのほとんどには、それぞれに賽銭箱が設けられている。
そしてそれぞれにたいていは、祭神名が掲げられている。
この摂社・祠の祭神は大きく3つに分類される。

  1)記紀に登場する有名な神様・有名神社の祭神
  2)名前も聞いたこともないような不思議な神様の名前
  3)神社や郷土に貢献のあった昔の人物名

1)は例えば八幡神なら、宇佐にある八幡サーバーのクライアント端末といったところ。
2)は、本殿に祀られてる祭神を報じる民族によって滅ぼされた民族の祭神、或いは民族・部族そのもの。 但し、3000年の歴史の中で、何波にも亘ってそれぞれ異なった民族・部族が先住者を滅ぼしたり駆逐したパイの層構造をなしていて、比較的新しい層の民族・祭神は摂社に祀られていても、より古い民族・祭神は神社からも駆逐・忘却の彼方となってる例が多い。 明治新興宗教 = 国家神道による廃仏毀釈で古い歴史の相当部分が破壊された。


こうした摂社・祠をひとつひとつ丹念に廻ってみると、時にもの凄いパワーを持った摂社や石に出会うことがある。 本殿で最もパワーがあるのはたいていの場合は、本殿正面ではなく、本殿右裏、もしくは真裏なのだが、それ以上のパワーをこれらに感じることがある。 と書きながら今になって気がついたのだが、ひょっとしてこれらの摂社や祠には、隕石や大きな水晶などの宝石類、或いはパワーのある岩や石が埋められているのではないだろうか? 本殿右裏には多くの場合、苔むした大きな岩や小さな石ころが転がってたり、地面から岩の頭が小さく顔を覗かしてたりするのだが、パワーの源泉はここにある。 これから類するするに、ではなぜ数ある摂社の中でそこにだけ埋めたのか? という点を考えてみるのも面白い。


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上の写真は摂社・祠が100程もある神社の本殿裏側の様子。
ずらりと並ぶ摂社・祠の中で、もの凄いエネルギーを発していたのが真ん中の写真。 ちゃんと賽銭箱も備えられている。
さて、これはどこの神社でしょうか?
この写真で解ったら凄いッ!

摂社や祠はひとつひとつが別のエネルギーを持っていてそれらを感じながら巡るのがなんとも愉しい一時だ。 そこに小さな賽銭箱がそれぞれにあって、祭神名とエネルギーの質・強度などを確認しながらお賽銭を入れる。 そうやって廻っているとまるで、遊園地の乗り物のそれぞれでお金を払うのとおなじ様な感覚になってくる。 江戸時代、神社はエネルギー遊びの遊園地だったのだろうか?







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by nueq | 2015-01-08 15:40 | 文化

覇権文明の終焉と 新しい地球文明を デザインする


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