2011年 07月 11日
原子力発電所(平常運転時)と癌の関係
平常運転時においてさえ、これから示すように、原子力発電所は癌の最大の発生要因となっていました。311により、その天文学的な倍数の放射性物質が東日本を中心に日本全土・北半球全体に放出されてしまったため、ここに示す健康災害の数倍・数十倍もの影響が日本の広い範囲に亘って出ることが予想されます。
「 生活環境病 」とは抗生省が命名した「 生活習慣病 」をより実態に即した名称にしたものです。「 生活習慣病 」とは、生活習慣が悪いから病気になるんだ。と生活者にその責任を転嫁するための抗生省のでっち上げ=マインドコントロールです。「 生活習慣病 」とされる様々な疾病は、実は普通に生活している人には防ぎきることが出来ない、具体的には「 企業と政府が創り出した 」病気。つまり生活環境そのものが病気の原因となっているのです。
「 生活環境病 」は下図のような原因とプロセスによって発病し、人体差や特性によって様々な種類の病気として発現します。
この「 生活環境病MATRIX 」は2005年頃に作成したものです。
これらの疾病の内、死亡に至る主な病気が、癌・脳疾患・心疾患の3つ。
この死亡率の戦後の推移を見てみましょう。

ご覧のように、癌に関しては丁度昭和50年からカーブが上向いています。
西暦に直すと1975年。丁度、日本列島で原発が次々と稼働し始めた時期と一致しています。カーブが更に上向くのが平成3年(1991年)。つまり湾岸戦争で劣化ウラン弾が大量に使用された年です。そして今や癌を体内に有している人は推計で日本の成人人口の1/3くらいとも云われています。
癌の原因はあまり知られてないものの実際には
1)原子力発電所
2)重金属・化学薬品
3)ストレス
が3代要因となっています。
1)は、水力・火力に比べて遥かに実質的にコストの高くつく電気を作るため。
2)は、企業が食品類や工業製品等のコストダウンを図ることから導入されたもの。
農薬・食品添加物・シャンプーや毛染め剤・洗剤、
公表されてない本物の環境ホルモン等。
3)は、拝金主義・権威主義・洗脳家畜社会などの社会構造が生み出したもの。
ストレスによって実際にフリーラヂカル分子が体内で生成されます。
中でも最大の要因が「 原発 」にあります。
他のエッセイの中でも触れてますが、原発からは核物質(放射性物質)が垂れ流しの状態となっています。もちろん、ウランとプルトニウムはフィリタリングされて外部には漏れないようにされていますが、その他の放射性のトリチウム、ストロンチウム、キセノン、クリプトン、セシウム、ヨウ素などはまるでフィルタリングされることなく、排ガスや排水の中に混入されたまま環境中に垂れ流されているのが実情です。これはそれぞれの核物質をフィルタリングするためには、多種に亘る同位性元素ごとにフィルターが必要となる上に、完全にフィルタリングする為にはそれぞれの核種ごとに大変な技術とコストが必要とされるためです。電力業界・政府はこうした事実を隠蔽して国民には知らせないまま原発の導入に踏み切ったのです。 また、ピッツバーグ医大:放射線医学名誉教授のスターグラス博士は、原子炉の中の冷却水も放射性を帯びているために、配管が錆びて出てくる鉄、マンガン、コバルトなどにも中性子がぶつかって、普通の元素まで放射性になって大気に飛び出てしまうことを指摘しています。これが体内にも必要な物質の場合、放射性の鉄分だって血液に入ってしまう訳です。
こうした放射性物質垂れ流しの原発群にあって、六ヶ所村(再処理施設:全国の使用済み核燃料棒を集めてプルトニウムを濃縮する施設)からの垂れ流しはぶっちぎりのダントツ状態にあります。下記は六ヶ所村試験運転開始前の2006年に作成したチラシ・ポスターです。 六ヶ所村は2007年以降、4STEPの試験運転段階を経て2008年より営業運転に入る予定でしたが、相次ぐ事故・不祥事が重なり、未だに試験運転の状態にあります。しかし、放射性物質の垂れ流しは2段階目より始まり、核燃料棒を切断して洗浄するという工程は2008年の4段階目で始まっていますので、大量の放射性物質が環境中に放出されていることが2008年当時より予想されています。

さて、フクシマ原発ではかつて、構内のおそうじおばさんの日当が10万円と云われていました。1ヶ月20日間で、200万。1年で2400万。このバイトをするのは貧しい漁村の女性たち。この仕事を5年続けると約1億円のお金になります。こうして5年後、息子が東大:理1(医学部)に入学する頃には、お母さんは今回患者を放り出して死亡者を出した双葉病院で息を引き取ることになります。そして息子は東大医学部〜東大病院で決して治すことの出来ない癌治療の手法を頭に叩き込まれて、更なる犠牲者を量産する移死(医師)へと成長して行くことになります。
では、原発が実際にどのようにこれら癌を始めとする生活環境病の蔓延に貢献してきたかをスターグラス博士が収集したグラフで見てみよう。

これは、マイルストーン原子力発電所の周囲に広がる牧場の牛から摂れるミルクの中に含まれているストロンチウム90の含有量です。 原発立地とストロンチウム90蓄積の見事な相関関係を見ることが出来ます。 グラフが急に立ち上がってる部分の原発からの距離を見ると西側で10マイル(16km)弱、東側で約20マイル(32km)となっています。西からの風の影響で東側への影響が大きいのでしょう。
原発から数マイルのエリアでは、1961〜2年の同じコネチカット州で行われた大気核実験の際の最高レベルより高い値となっています。しかもこの状態は実験と云う一過性のものではなく原発が運転されている限り継続される恒常的な被曝環境です。この原子炉は福島と同じGE製です。運転開始も同じ1970年代で、フクシマでも同様の状態にあったと限りなく高い確率で云うことが出来るでしょう。
マイルストーンのミルクについての余談ですが、このピークエリアの牛乳は当然破棄されなければなりません。が、実はワシントンに運ばれて黒人街で販売されていたそうです。1976年当時、キング牧師やブラックパンサーに象徴される黒人公民権運動が盛んでした。
ストロンチウム90が周期律表でカルシウムと同じ属にあることからカルシウムと似た振る舞いをするため骨に蓄積し易く白血病の原因になると云うことは既にご存知のことと思いますが、カルシウムは脳内で情報伝達物質としても利用されています。つまり神経にダメージを与え脳の発達に重大な障害を来たしたり、脳癌の原因ともなります。特に乳幼児の被曝は深刻なものとなります。
ストロンチウム90の半減期は約30年とされていますが、これは実験室でストロンチウム90の半分が核分裂を起こして他の物質に変化する時間が平均で30年。と云うことで、60年で1/4、120年で1/8はまだ残留していると云うことです。つまり体内被爆していれば一生に亘って内部被曝が続くことを示しています。

これは、 元ローレンス・リバモア核兵器研究所のローレン・モレ博士(地質学)が作成したグラフで、全米から集めた子どもの乳歯に含まれているストロンチウム90の平均値を示しています。54年〜62年は核実験中の値です。核実験が終わるとストロンチウムの量は減り始めますが、原子力発電所とともにまた増加します。日本でも調査を行い、浜岡原発の近くの子どものストロンチウム90数値がアメリカで最も高いレベルと同様だったことにモレさんは強いショックを受けたそうです。その後、浜岡の病院でデータを集めたところ乳児死亡率が30%、浜岡病院に来た患者750名のうち85%が糖尿病患者で、10%が甲状腺がんに罹ってたそうです。
更に、ストロンチウム90は核分裂後にイットリウム90となりこれは動物実験によって、骨から心臓、生殖器屁と移動し、中でもすい臓への蓄積が最も顕著に見られた。とのことです。すい臓がダメージを受けると糖尿病となることから糖尿病との関連も指摘されていて、モレ博士の浜岡病院でのデータと一致しています。
さて、マイルストーン周辺の癌の死亡率を示したものが下図です。

(スターングラス博士 作成)
ここでも見事な相関が見られます。
次に原発と乳癌の関係です。

(ローレン・モレ博士 作成)
実際には原子力発電所とロスアラモス核兵器研究所・アイダホ核兵器研究所・長崎原爆のプルトニウムが作られたハンフォード研究所などの核兵器研究所周辺の乳がんによる死亡図です。1985年から1989年までのアメリカ全土の乳がん死亡の3分の2以上が黒い地域で起きています。

(ローレン・モレ博士 作成)
先に触れた糖尿病との関係です。アメリカの糖尿病発生数(下線)と原子力発電所の発電稼働率(上線)との相関図です。
原発の影響は精神的な面にも影響を及ぼします。

(ローレン・モレ博士 作成)
自閉症の発生は、カリフォルニアでは1993年以来6倍になっています。グラフの左側の線がカリフォルニアの原子力発電所で、その開始あるいは停止時期、そしてそれまでに生産した総エネルギー量(発電量)を示しています(このデータはカリフォルニア州政府によるもの)。これから明らかなように核実験が始まるまではカリフォルニア州にはほとんど自閉症はなく、核実験が始まると上昇したのです。しかし原子力発電所ができてその発電量が毎年増産されると自閉症は急激に上昇しました。日本でも自閉症や鬱が目立って増加していますが、原発立地との相関を調べてみるとその影響が明らかになることでしょう。

(ローレン・モレ博士 作成)
このグラフは、 1940年から1965年までに生まれたアメリカの子どもたちの高校卒業時(18歳)の学力テスト(大学進学適正検査SAT)の結果(1958年〜1982年)で、 核実験がアメリカの子どもたちにどんな影響を与えたかを見ることが出来ます1963年は最大の核実験があった年で、テスト結果は全米で10%低下しています。
。これはとてもひどい話しで、アメリカの子どもたちの脳に影響を与えたのです。日本のお父さん、お母さんたちもこれには特に驚くことでしょう。核実験中に生じた死の灰による高い放射能を、当時まだ生まれない赤ちゃんが浴びていたのです。円周率3.14を3にしてしまった日本人の学力低下と原発総発電量の相関を見てみるとその影響が明らかになるかもしれません(尤も日本人の白痴化現象には電博による白痴TV番組の垂れ流しも多いに貢献していることでしょうけど)。
そしてもっと衝撃的なのが、下図の核実験と高校のテストの相関です。

(ローレン・モレ博士 作成)
まったくもって見事な相関です。
これらの子どもたちは核実験が行われている時期に生まれ、18年後高校3年生になって初めてこのテストを受けました。胎児のときに放射能を浴びて脳に影響を受けていたのが、18年後にはじめてこの学力テストで明らかになったわけです。核実験が終わってもこのテスト結果は核実験以前の高いレベルに戻ることはありませんでした。
ストロンチウム90を始めとする各種放射性物質、及び放射線は、以上のように各種の癌、糖尿病、自閉症、学力との見事な相関を描いていますが、この他、スターングラス博士は自殺との相関も指摘していました。
ストロンチウム90は、骨・神経細胞に蓄積することから特に乳幼児や成長盛りの子どもたちには非常に危険です。
ストロンチウム90検出する研究機関を、政府・東電の圧力・影響から全く独立した自治体やNGOの合同で設立することが急務です。
原発の平常運転時においてさえ、これだけの悲惨な状況が展開されてきました(もちろん、東電・政府はこれらの事実をひた隠しにし続け、あまつさえ、低線量の放射線は健康増進に役立つ等のデマを一部の御用学者を使って喧伝し、健康食品オタッキーをまんまとダマクラカし込んでいます(これについては別項で詳しく糾弾します)。平常運転時でさえ、これだけの状況です。311による核物質の拡散は平常運転時に比べれば天文学的な規模での被害をもたらすことでしょう。列島市民は、東電と明治簒奪政府を相手取って、責任の徹底的追及と損害賠償を求めることが出来ます。
アーネスト・スターングラス博士とローレン・モレ博士は2006年3月に来日し、講演を行いました。その時の主催であり司会者だった、きくちゆみさんと森田玄さんのホームページ:Harmonics Life Center よりお二人のスライドと一部文書を引用させて頂いています。
アーネスト・スターングラス博士講演のスライド集
ローレン・モレ博士のスライド集
アーネスト・スターングラス博士は、原子力発電所の熱源をそのままガスタービンに置き換えればこれまでの原子力発電所投資は無駄にならないとの指摘もしています。 尤も東電は電力隠しを行っており、火力と水力だけで夏のピーク電力がまかなえることはすでに『 東電の「 故意 」による 「 計画停電 」 は利用者に対する犯罪行為である!』で指摘した通りではありますので、ごく一部の原発をタービンに置き換えれば十分な余力は保たれることでしょう。
原子力発電所とは、火力発電と何ら変わるところがありません。 やってることは火を焚いて、ヤカンの中の水を沸騰させて蒸気にして、その圧力蒸気で風車を廻して発電しているだけです。その火種が木材から鯨油や石炭、石油、ガス、そして原子力へと変わっただけで、実際に行われていることは産業革命の時のそのままの原始的な蒸気機関なのです。そんな原始的でお粗末な機械の火種に危険き回りない核分裂エネルギーを使っているのです。しかも我々人類は今後数十万年も、使用済みの核燃料棒や放射性汚染物質を厳重に保管しなければならないのです。
余談ですが、モレさんは来日時に面白い話をしていました。 911当日、彼女は親友の女性と政府の秘密回線でワールドトレードセンターに突っ込んだ2機の旅客機の話をしていました。その時突然友人が「 ちょっと待って! 今下にミサイルが突っ込んだ! 」。彼女はペンタゴンのあの旅客機が突っ込んだことになっているあの穴の真上にいたのです。このモレさんの発言はYouTube を探せば今でも聞くことが出来ると思います。
アーネスト・J・スターングラス博士 (Dr. Ernest J. Sternglass)
1923年、ベルリン産まれ。
14才の時に家族とアメリカへ移住。若き頃に、既に世界的権威だったアインシュタインと議論を交わし、科学の志を新たにする。1960年から1967年は、ウェスティングハウス社の研究室でアポロ月面科学ステーションプログラムの局長を務める傍ら、アメリカの大気圏核実験に反対するようになる。彼が国会で発表した研究の成果は、ケネディ大統領が'63年にまとめた部分的核実験条約(PTBT)の締結に大きく貢献した。(ケネディはその僅か三ヶ月後に暗殺されてしまう)70年代に入って、今度はそれまで安全だと信じていた原子力発電所の危険も公に問うようになる。'81年に出版した「Secret Fallout: Low-level Radiation from Hiroshima to Three Mile Island」 (邦題:赤ん坊を襲う放射能)は、低レベル放射線研究の代表的な本となった。1983年よりピッツバーグ医大、放射線医学名誉教授を務める。過去にスタンフォード大学、インディアナ大学、フランスのアンリ・ポアンカレ大学、ジョージ・ワシントン大学、コーネル大学で放射線医学と物理学の教壇に立つ。1995年より、Radiation and Public Health Project (放射能と公共健康プロジェクト)局長。
ローレン・モレ博士(Dr.Leuren Moret)
1968年カリフォルニア大学デービス校で最初の女性の地質学学士として卒業。アメリカ政府の2カ所の核兵器研究所:ローレンス・バークレー研究所・ローレンス・リバーモア研究所に勤務。ネバダ核実験場の高レベル核廃棄物処分場のユッカマウンテン・プロジェクトに関わり、1991年プロジェクトとリバモア研究所の科学的不正を内部告発して話題を呼んだ。 元女性地球科学者協会会長。元米・バークレイ市環境委員。湾岸戦争後、劣化ウラン弾による白血病などの健康被害調査に参加。長期にわたる低線量被爆が健康に及ぼす影響を研究。バーバラ・リー下院議員とともにイラク反戦や宇宙の非核化を訴える。他に先住民族のための科学者代表、女性地質化学者連盟元会長。